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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)822号 判決

本籍

朝鮮慶尚北道清道郡大城面内湖洞一八一番地

住居

兵庫県武庫郡鳴尾村字渡り瀬一〇二番地

土工

金東寿

明治三八年一二月二七日生

右に対する偽造公文書行使、公文書偽造詐欺被告事件について昭和二三年一一月一八日大阪高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は刑訴施行法二条に従い次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山菅正誠上告趣意第一点について。

第一審相被告人井上助治郎が昭和二二年六月末迄京都市中京区役所朱雀第四駐在員事務所の事務員であつたことは所論の通りであるが、原審の引用した第一審判決の判示第一事実中の井上に関する部分である「被告人井上助治郎は昭和二二年四月から六月末迄京都市中京区役所朱雀第四駐在員事務所の事務員をしていたものであるが……被告人井上は同年六月五日頃京都市中京区西之京笠殿町五番地の自宅で擅に行使の目的を以て公務所である右朱雀第四駐在員事務所の公印を押捺してある転出証明書用紙六枚に、任から受取つた前記松本奇一外二一名の架空の人物の氏名と米穀は昭和二二年六月八日迄配給済等所要事項を記載し以て同年六月七日附の右事務所作成名義の転出証明書六枚(証第二号)を順次偽造してこれを被告人任に……」の判示は右井上をもつて右朱雀第四駐在員事務所の責任者たる同事務所主任ではなく単なる同事務所の事務員であつて主任を補助して事務を執つている者にすぎない者で転出証明書を作成交付する権限のない者であることを認定判示しているものであることは容易に理解し得るところであつて、その事実は原判決挙示の証拠によつて肯認することができる。されば、この点に対する所論審理不慮に基く重大なる事実の誤認があるとの主張並びにこれを前提とする擬律錯誤の主張は上告審適法の理由として採ることができない。

同第二点について。

原判決が引用した第一審判決の判示第一事実の判示中に論旨に指摘するような判示のあることは所論のとおりであるが右判示は論旨に主張するように殊更に米穀通帳の騙取という詐欺の事実を認定判示したものではなく、被告人が販売所から主食を騙取するに至つた過程中の一の事情を示して犯行の経過を明細にする目的にいでたものにすぎないことは交付を受けた米穀通帳の冊数、交付の度数等を判示せず又原判決の証拠説明中に右米穀通帳を騙取せられた被害顛末の証拠はこれを示さず単に主食騙取の被害証拠である大阪府食糧営団守口支部四宮販売所主任楠正治提出の始末書中の記載を引用している点等に照して容易に了解し得るところである。従つて原判決には論旨のような理由不備の違法も法律を適用しない違法も、起訴なき事実につき裁判をしたという違法も存しないといわなくてならぬ。

同第三点について。

しかし、米穀通帳及び転出証明書はその宛名人に主食の配給を受ける資格あることを証明する一資料たるにすぎないものであるから若し転出証明書が偽造の文書であり、これを真正に成立したものと誤信しこれに基ずいて作成権者が米穀通帳を作成し交付した場合にはその転出証明書や米穀通帳は通帳宛名人にとつて右通帳の内容に示す主食の配給を受くる資格の証明資料とはならない。従つてかかる宛名人は右通帳の内容に示す主食の配給を受けることのできないものであることはいうまでもないから、かかる者には販売所は主食の配給をなすべきものではないといわなければならぬ。さればたとい転出証明書及び米穀通帳を提出したからといつて販売所においては必ずその通帳の内容に示す主食の配給をしなければならぬとの論旨は採用するを得ない。そして本件では原審は大阪府食糧営団守口支所四宮販売所の係員が被告人の提出した米穀通帳及転出証明書のいずれもが真正に成立したものであると誤信したから被告に通帳の内容に示すとおりの主食を配給したものであることを認定しておりこの認定は原判決の挙示する証拠に照してたやすくこれを肯認することができるのである。されば本件においては欺罔手段と財物の交付との間に因果関係が存在し詐欺罪の成立することは多言を要しないところであるから本件において欺罔手段と現物交付との間に因果関係はないとして詐欺罪は成立しないとの所論はとうてい採用するを得ない。又財物の交付を受けるについて正当の権原あることを必要とする場合に正当の権限に基かずして当該財物の交付を受けた事実がある以上交付を受けた者には法律上の利得あり交付した者には損害ありというべきは多言を要しないところである。されば本件において被告人は主食の配給を受けるにつき正当の権原が必要であるのにその権原のないのにも拘らず欺罔手段によつて販売所より主食の配給を受けたものである以上配給を受けた主食の代金を支払つているからといつて販売所に法律上の損害を被らしめたものでないとはいえないから原判決が被告人の所為を詐欺罪に問擬したのは正当であつて「相手方たる販売所は勿論何人も財産上の損害を蒙つていないから被告人の本件主食の配給を受けたる所為は現行刑法上犯罪を構成しない」との所論は採用するをえない。また、食糧緊急措置令一〇条末段に「其ノ刑法ニ正条アルモノハ刑法ニ依ル」とあるから、原判決が同条を適用しないで刑法二四六条一項を適用したのは正当である。論旨は理由がない。

同第四点について

しかし原判決は前記第二点において説明したとおり米穀通帳の作成交付を犯罪事実として認定したものではなく、またその点につき特に公訴もないこと明白であるから、原判決がその点に対し法律の適用をしないのは当然であつて、論旨はその理由がない。

同第五点について。

しかし、偽造文書は何人の所有をも許されないものである。そして何人の所有をも許されないものは犯人以外の者に属しないものであることは多言を要しないところであるから、原判決が所論指摘の理由によつて押収の転出証明書六枚(証第二号証)中の各偽造部分を没収する旨判示したからといつていささかも違法ではない。又所論の偽造文書の偽造部分の没収を執行し得ることは旧刑訴第五五九条に照しても明らかなところであつてその没収の執行は偽造部分を適宜の方法にて抹消する等の措置をとれば足りるのであるから、執行不可能とはいえない。されば原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同第六点について。

しかし、原判決の法律適用についての説明中所論指摘の「関件」とあるのが「関係」の誤記にすぎないものであることは、右文字の前後の行文の内容趣旨に徴して一読明らかなところであるから原判決には所論のような理由齟齬の違法は存しない。論旨は理由がない。

よつて旧刑訴四四六条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

検察官 長部謹吾関与

(裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判長裁判官沢田竹治郎は退官につき署名捺印することができない。裁判官 斎藤悠輔)

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